リアル・ライフ・ダイアリー

2012年01月22日

著作権と所有権について思うこと

今の日本では、国民の代表(代議士)が法律を作るのではなく
どっかの飼い犬が国民を騙して代表(代議士)になり法律をつくります。

表現を変えてみると
東京電力から多額の寄付を受けた人が、国民を騙して代表(代議士)になり
その結果、東京電力の過失を無視し、国民に負担を強いることを行っているみたいな…

これが正しいかどうかは各人の判断によるところだと思います。
あくまで、分かりやすく例えとして表現をしてみただけですから…

そんな法律の中から著作権と所有権について、色々と思うことがあったりする訳ですよ



そもそも、著作権は創造したものに保証される権利です。
そして、所有権は代価を支払って手に入れた人に保証される権利です。


言い方を変えれば、著作権は代価(金銭など)で所有権の移動が可能になると言う事


最近ニュースになった、書籍のコピーを代行して行う自炊代行屋さん。
これも色々と個人の思うことではありますが、似たようなサービスは図書館でもあります。
また、教師は授業で書籍を抜き出して、プリント印刷して配布します。

所有権を手に入れた書籍を、コピーして販売する自炊代行屋
図書館の所有物である書籍のコピーを行う図書館
授業の為に、所有権を持つ書籍の一文をコピーして配る教師

著作権は所有権に付随しないと主張する一部の方が正しいとすると
どれも違法行為になってしまうと言う事です。

そもそも書籍の所有権において、書籍の価値を決める為に重要な、書籍の内容(著作物)のみが所有できないというのは変な話じゃないですか?

もしそのようにするのであれば、本屋さんでは、書籍のように細工された紙を販売している事になります。
言い方を変えると、その書籍の内容はただの飾り
その飾りである内容により、印税を手にする作者はどうなのでしょうか?

私が思うに、書籍の所有権に著作内容を含めないと主張する方は、印税を受け取る権利がないと思う訳です。

言い方を変えるのであれば
畜産物(例えば牛とか…)を売ります。
そうなれば、牛の所有権は買い手に移動します。
その買い手が、部分売りして消費者に販売すれば、一部権利を消化し続けて、やがて所有権はなくなります。
その消費者が自分のお店で調理して販売する事も当然可能です。

これを著作権(書籍)で考えると
筆者が著作物を(代理店)に売ります。
代価を受け取った時点で、その著作に対する所有権はなくなります。
代理店は、書籍にして本屋に切り売りします。
その本を購入した人は、部分売りされた権利を購入した事になるので、著作権の一部も手に入れることになります。
その消費者が自分でその書籍に落書きしようが自由だと思います。


現在の民法では、契約の内容を知らない第三者においては、その契約内容は無効になります。

書籍の購入者(エンドユーザー)は、筆者と出版社の契約内容は知りません。
なので、純粋に書籍を購入すると言う事は、その著作権の一部を得る事だと考えています。


長くなりましたが、現在、著作権と所有権でもめているのは、この「一部」の部分です。
所有権者と筆者の意見が平行線である理由でもあります。


この問題を解決するには、最初の契約で筆者に十分な代価を支払う事ではないでしょうか?
言い方を変えるなら、十分な代価を支払うに値する筆者が少ないのではないでしょうか?

全ての書籍が売れない訳ではありません…
売れない筆者がそれを理由にしているだけだと考えられるのではないでしょうか?

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